2011/12/22

お菓子職人と出会う『一幸庵』の水上力さん



急な階段をのぼってから、お菓子についての本が山のように入っている棚の前を通った時、正直、私はそこにしばらくいてもいいと思いましたが、「どうぞ」とやさしい誘いの声に隣の部屋の方へ導かれました。

中に入ると、まず印象的だったのはなんと・・・大きな音で流れるクラシック音楽。

「へぇ、和菓子にモーツァルト?」

となぜか神戸牛のことが一瞬脳裏を横切りました。そうですね、『一幸庵』の工房の敷居を跨いだ時は、いささか複雑な気持ちでした。

そこでは、職人さんがクラシック音楽とはとても合うと思えない作業を行っていました。

羊羹の枠に栗を詰めていました。



こんなにたくさん入れていいのかなぁと思うぐらい、栗をぎゅうぎゅう詰める水上さん。
(ちなみに、『一幸庵』の栗蒸し羊羹は、蒸し羊羹に栗を載せてからさらに松風を載せて
気長に蒸し上げて作ります。絶品です。)


お話をしているうちに、フランスと日本のあれこれと、話がいろいろと弾みました。日本の中でも外でも和菓子の美味しさと面白さの普及に努め、実は専門雑誌に投稿する機会がとても多い水上さん。取材記事などをいろいろと見せていただき、これほどフランスのパティシエとの交流の経歴を持っている和菓子職人は他にいない、と本当に驚きました。さらには、アメリカなどにも活動されているそうです。アルザスでも和菓子についてのイベントが行われたんですよ、と、次から次へと国際化する和菓子の話に花が咲き、想像が切りなく膨らみはじめたら、水上さんが私にこう言ってけじめをつけました。

「いつでもまた来てください。お菓子、いくらでも見せますから。」

それは、私のような人間には決して言ってはいけない言葉です。

それからは、文字通り、「いつでも」のように『一幸庵』の厨房にお邪魔させていただきました。学校では、「虜になったんじゃないの?」と、スタッフの間でうわさが立ったぐらいですが、まったく・・・その通りでした。人生初めて自分の目でみる現場の和菓子厨房の様子、目の前で次から次へと新しい世界が広がるような感じで、時間を忘れてうっとりしていました。

水上さんの優しい許可を得て、皆様にその貴重な時間の一部を公開できることになりました。
(心より感謝しています。ありがとうございます。)


「紅葉」「銀杏の葉」(生砂糖)

和菓子は、お茶会と縁が深いことは言うまでもありませんが、その中でも写実的なモチーフを自由自在に表現できる干菓子は、格別な位置を占めています。

そんな飾り菓子の一つである、生砂糖(きざとう)の製造過程をじっくりと観察することができました。ちょうどピエール・エルメ氏がたいへん気にかかっていた米粉の一つ、寒梅粉が入るお菓子です。ちなみに、関東では雲平と言う名で親しまれています。

10月でしたので、秋らしい生砂糖でした。紅葉と銀杏の葉。

さて、生地を伸ばすという、とても手間のかかる作業の中では、肝心なところは二つの色の接着点のところにいかに「ボケ」を出せるのか、というところです。生地を伸ばしては折るという作業を繰り返すわけですが、二重に折りたたむときに、ほんの少し色をずらすことがコツです。

そのビデオを見てからは、生砂糖の見方がきっと変わると思いますが、ご覧ください。

(ちなみに、初日のクラッシック音楽は後になってわかりましたが、・・・ただラジオでした!)



















ボケの出来上がり。写真がぼけているかと思いますね。不思議・・・。





次は、同じ色のところから生地を二つか三つくっつけて、幅広くさらに薄く延ばし続けますが、その段階からは、普段の麺棒から胴が太い麺棒に替えます。普通の麺棒だと、平行に伸びないそうです。その麺棒の名は、そのまま・・・「胴太」と言います。


「胴太」の紹介

ちなみに、工芸菓子を作る際は、「新聞の字が見えるまでの厚さに」伸ばします。みじん粉より寒梅粉のすごさ、ご了解いただけたかと思います・・・。仕上げは、金属製の型抜きで紅葉と銀杏の葉を抜いて行います。



次は、わらび餅の作り方を拝見させていただきました。


わらび餅とおまけ!(ここはボケは職人の技ではなく素人写真家のものです・・・)



『一幸庵』ではもちろん、さつま芋の澱粉ではなく、高価な本わらび粉を使います。昔は茅葺きの家で名高い村、白川郷でたくさん取れましたが、採りつくしたためもう完全になくなったそうです。ちなみに、水上さんが使っているものは、鹿児島産です。



あれ?急に動かなくなった水上さん。大丈夫ですか・・・


本当に大丈夫ですか・・・?


どうもわらび粉っというものはとても溶かしにくくて、かなり力強く押さないと溶けないみたいです。
粉が溶けたら、次は火にかけます。


元気を取り戻した水上さん。やれやれ。



そして、練ります。




このリズムをお聞きください。








いったん火からおろして鍋をきれいにし、水を少々加えます。





この段階では、わらび餅はこんな感じです。暖かいご飯があればかけてみたいおなじみの海の幸と間違えそうなのは、私だけでしょうか・・・。






そして再び火にかけてから、今度は、火からおろしたところで、「餅の力を出す」ようにたたきます。生地がとても重くなっているので、火で練るよりもたたく方がずっと大変だそうです。(今でも和菓子職人に、女性が少ない理由を、なんとなくわかる気がします。)










そのとき、粘りを確かめながら、加減します。
昔は和傘などの糊として重宝していた理由が、この写真でよく分かりますね。だんだん薄い糸になっていきますので、傘や障子などに伸ばしたりして使っていたらしいです。(糊を食べてみるという発想はいったいどこからきたのかしらと、不思議に思わずにいられませんが、きっとその逆でしょう、食物が糊として使われるようになったでしょうね。どうなんでしょう・・・)

とにかく、ご覧の通り、わらび餅の絶妙な軟らかさと舌触りの裏には、職人の戦いが潜んでいます。水上さんがわらび餅を買い求める方にお付けする紙に説明しているように、「蕨餅は覚悟を決め一心不乱に強火で練って練って練り倒します」。






さあ、こんな大変な生地の準備が整ったら、後は包むだけです。なめらかなこしあんを。
水上さんの手作業を見ると、とても簡単そうに見えてしまいますが、わらび餅は粘りが強くてべたつきやすいし、こしあんもわらび餅の軟らかさに負けないぐらい手から零れ落ちそうで、本当に大変です。長年お手伝いされている奥様でも「いまだに治されることがありますよ!」と微笑みながら言われました。私もわらび餅をとてもいじりたくなっていましたが、その一言を聞いた瞬間、すぐ思い直しました・・・。

作業しながら、突然すごいことを言い出すのも、水上さんの特徴かと思います。


以下のわらび餅の包餡ビデオでは、画面も緊張しながらご覧になるでしょうが、サウンド・トラックも捨てたものではありません。和菓子のちょっとした(どころじゃない!)哲学が綴られています。どうぞお聞き逃しのようないように。













和菓子には「甘さの余韻」が大事です。
「余韻」ですよ。




わらび餅は10月から6月まで作られていますが、名前が時期ごとにわらび餅、
花わらび、草わらびとと変わります。(まるで「出世菓子」?!)


わらび餅を包む作業が終わるころ、私は『一幸庵』の黒須黄な粉の素晴らしい香りにすっかり陶酔してしまい、近くまで嗅いだりしながら、ついつい次のことをつぶやいてしまいました。

- 家の近くで大豆が取れるから、きな粉を作れないかしら・・・

- あなた、大豆の石臼を見たことありますか?!巨大な臼ですよ。
フランスまで運ぶのは、とても考えられないよ!

と、大笑いしながら、厳しい突っ込みを返したす水上さん。
どうもとんでもない発言をしてしまったようです。どうもすみません。

現在、職人は主人の水上さんのほか、一人です。以前は(麻布に店舗があったため)なんと7人ぐらいまでスタッフがいたそうです。私が訪れたとき、来年から二人の学生が入ることがちょうど決まったところでした。それも東京製菓学校の卒業生だそうですから、頑張っていただきたいですね。

お話では、水上さんはなんと4年間で卒業してもらうそうです。
一年目は必ず売店で修行していただきます、とのこと。二年目からは厨房で簡単な作業からはじめるらしいです。そこで、あえて一つ質問させていただきました。

- 四年間で卒業とは、ちょっと短くないですか?

- だって、こっちも4年で卒業したんだから!!

やはりまた、勢いのよい突っ込みが!

しかし、本当に驚きました。京都そして名古屋で修行してから、上京し、本当に4年間で独立したそうです。わらび餅へのこだわり、こなし製のお菓子、生砂糖・・・『一幸庵』はやはり京菓子を中心に展開しています。水上さんのようなお菓子作りに対する力強い意欲があれば、4年間でいいんだということでしょうか。また、いろいろと考えに耽り始める私。


今回は、お菓子作りの面では言うまでもありませんが、職人の道、日本菓子のあり方、力強いお菓子かつ人の心を和ませてくれるやさしいお菓子の出し方と考え方・・・、様々な面から勉強させていただきました。将来に活かせたらと思うばかりです。



この度は、ご多忙中、本当にお世話になりました。



そしてなによりも・・・ご馳走様でした!



国内線のファースト・クラスに出されている「あざぶ最中」。
最中の皮のさくさくとした食感を保つため、皮が餡別々に包装されています。
いつか国際線のエコノミック・クラスに出されるようになる夢を見てしまいますが、これは妄想?





たくさんの「幸せ」を盛り込んだ『一幸庵』の和菓子箱









お菓子めぐり             東京茗荷谷の『一幸庵』さん





忙しい日本滞在でしたが、打ち明けますと、平日の疲れをある店へ癒しに行ってきました。


日本を訪れたときに行ってみたい店は手帳に名前をずらりと書いておきました。時間の制限が厳しい旅行でしたので、あきらめ半分の気持ちで書き連ねたのも事実ですが、一軒だけというならばここだと、ずっと前から私の心の中では決めていました。


それはフランスの天才パティシエ(さて誰でしょう・・・)が4年前のことですが、ちらっとこの店の名前、その方の名前を私の耳に入れてくれたからです。フランス人パティシエが薦める和菓子屋さんとは、どんな和菓子屋さんでしょうか。やはり気になりますね。これから和菓子を知り尽くしたいなら、まずはその店からはじめようと決心しました。


メインストリートから一寸入ったところの緑の一角、そこに店ののれんが見えてきました。

『お菓子調進所 一幸庵』にやっとやってきました。

10月下旬の話です。






店内に入ると、季節と歴史を喚起するコナーにまず目が行きました。気がつけば、和菓子もディスプレイーされていて、柿と紅葉と一緒に秋を演出していました。







そしてカウンターの方へ近づくと、ずらりと優雅なお菓子たちが並んでいました。
どれも存在感がつよくかつ温かみがあるお菓子たちだなぁと思って、しばらくうっとり。
懐かしい浮島。目でもわかるぐらい、ふわふわとしていそうな羽二重餅、格好いい菊の花・・・







お茶会のお菓子たちもよりどりみどりで、みるだけでも楽しかったです。大好きな州浜まで用意してありました。





そして和菓子よりも洋菓子屋さんで見慣れているびんには、豆たちが・・・ジャムを追い出していました。珍しい白小豆もここでは味わうことができます。




ここでこのお菓子めぐりが終わってもおかしくなかったのですが、運に大変恵まれまして(感謝しております。)、『一幸庵』のご主人に挨拶できることになりました。


それは、ささやかな私の人生にとりましては、記憶に残る出来事でした。


つづく。

2011/12/19

和菓子の将来、フランス人が担う?









今回の旅行の中で、シャルロットさんとの再会も特別に楽しみにしていました。

店内のとても急な階段を下りると、そこに・・・シャルロットさんがいました。






先駆者だといえると思いますが、東京・巣鴨の福島家で和菓子を見習い中のフランス人女性です。もうすぐ二年になりますが、福島家さんの好意的な受け入れと先輩の厳しい指導のおかげで、立派な和菓子職人になりつつあります。

最近テレビなどの取材も多くなったので、見学者には慣れているとはいえ、少し照れながら練りきりの技を披露してくれるシャルロットさん。かわいいですね。










餡玉ぎりや包餡はもちろん、「ぼかしの技」もかなり身についてきたようです。写真自体はひどくぼけていますが、出来のいい木型ですね。





練りきり(木型)



三角ベラもスイスイと、使えるようになりましたが、本人が言うには、「まだぜんぜんだめです。先輩が作る物とは比べ物にならないですよ。」と、自分には厳しいシャルロットさん。







左がシャルロットさんの練りきり。右が先輩の作ったもの。


よくみると、先輩の菊の花びらが下のところ、微妙な高さで交叉するようにできています。
そこまでこだわるか、と感心します。
その先輩とは、7年間も連続日本菓子協会東和会のコンクールで受賞したすごい職人です。次回はぜひ写真を載せさせてくださいね!


帰る前に、オーナーの福島様に江戸時代末期の見本帖を見せていただきました。木型などを並べて必死になって、類似物を探しだしますと・・・、






初代より今でも受け継がれているお菓子が何個かでてきました。意匠以外なんにも書いてありませんので、なかなか難しいです。





この羊羹製もそうです。





福島家さんの喫茶はとても居心地よさそうでゆっくりしたかったのですが、残念ながらスケジュールの調整ができなくて今回は一服できませんでした。惜しかったですが、次回の楽しみにしたいと思います。


またお邪魔させていただきます。


シャルロットさんのこと、引き続きよろしくお願いいたします。


期待を膨らませるばかりです・・・。

2011/12/02

東京製菓学校の和菓子科の体験授業  梶山浩司先生の和菓子レッスン



意外かもしれませんが、実は、私は和菓子が好きです。


通算すればかなり長い日本滞在の間は、日本パティシエのすばらしいフランス菓子にしか興味がありませんでした。省みればフランス人ながらのフランスかぶれでした。

数年前から、和菓子のよさ、奥深さにふれる機会が多くなって、和菓子に目覚めました。目覚めたどころか、完全にほれてしまいました。

その自覚過程に大いに貢献したのは、東京製菓学校のこの先生との出会いと言えますでしょう。


東京製菓学校 梶山浩司先生


この機会をきっかけに、梶山浩司先生と再会できること、また先生の授業の様子を覗くことをとても楽しみにしていました。

というのも、これまでの先生との付き合いと言ったら、背景がちょっと違いました。
ちょっとどころか、すっかり違いました。

ご覧ください。


左側で先生の「はさみ菊」の技を見守る方、お分かりでしょうね。


そうです。

先生がフランス(いや、アルザス!)の学生たちに和菓子について講習会を行っているところです(この時は、アルザス・欧州日本学研究所(CEEJA)主催イベントでした)。和菓子の歴史と伝統、和菓子を作る楽しさを伝えたいお気持ちが海外へ行って講習会を開くぐらい強い活動的な先生です。

今回の私の日本滞在が、ちょうど京都・丹波の大納言の体験収穫の時期と重なり、なかなか都合が合わなかったのですが(というか・・・私も丹波へ行きたかったです!)、二週目にようやく待ちに待った梶山先生の授業を体験することができました。

教室に入ったとき、ちょうど「信濃路」というりんごを使ったお菓子の仕上がりに入っていた段階でした。


やはり和菓子の先生って綺麗な字ですね・・・私が言うのもおかしいのですが、ローマ字よりも落ち着きません?



信濃路。表面の立体感は上南粉を振って出します。


和菓子はフルーツを使わない、味が単調だと、フランス人のパティシエから何回か耳にしたことがありますが、先生のこの授業をきっかけにそれは違うんだと、よく分かりました。

季節のりんごが、実はその日の授業のすべてのお菓子に入っていました。この「信濃路」にはカルバドス酒の風味をつけたりんごのキャラメリゼが餡に入っています。

どら焼きの餡にも気がついたら、りんごが入っていました。それも驚いたことに、違和感もなくどら焼きの香ばしいあの皮とは、とてもマッチします。

そして、もう一つのお菓子、これから紹介する羽二重餅の餡にもりんごがころりと入っています。今度はキャラメリゼでなく、先生が開発した「湯煎りんご」とでも言えるシロップ煮のりんごでした。




真空パックに丸ごとのりんごとシロップを入れて、スチーム・オーブンで煮る(=蒸す?)。なぜこの手間を掛けるかと言いますと、皮の綺麗な茜色がりんごの果肉にしみ込み、見栄えがとてもいいのです。

先生の授業の中で、次に作ったお菓子は羽二重餅です。福井の羽二重餅が有名ですが、今回の羽二重餅の生地にはただの求肥ではなく、雪平生地に近いもの、「半雪平」を使いました。

雪平とは、求肥に卵白(またはメレンゲ)と白餡を加えたものです。ちょうど、教室の一角にはその見本が置いてありました。かなり大ぶりのものでした。鶴ですね。


雪平


今回の羽二重餅の生地には白餡を入れないため、半雪平と言います。(白餡か卵白のどちらかが入らないと半雪平と言うようです。)

プロセスはまず求肥(蒸し練り法)を仕込むことから始まります。
羽二重粉(=粒子が一番細かい高級餅粉。白玉粉、または餅粉を使うこともあります。)を水で溶き、蒸します。蒸しあがったら、サワリで「地練り」をしてから、砂糖を入れ、そして差し水(このときはお湯を使います)で硬さを調整し練り上げていきます。

その時、粘りがかなりでますので、学生たちも先生の手伝いを望んだりしていました。やはり先生のやり方は違います・・・。





確かに、とても「うまそう」な生地ですね。

それぐらい粘りがでたら、今度はメレンゲを加えていきます。

この卵白と餅の「出会い」ですが、白物同士ではありますが、素質はかなり違います。なんとも言えません。





できあがるのは、羽二重または雪平という名前どおり、キメの細かな、ふわっとたした純白な生地。しかし、粘りが強くて包餡作業がとても大変そうでした。先生も手袋をして生地をちぎって分割するやり方をとりました。(後になって分かりましたが、ヘラ包餡することもあるようです。)







そして、仕上がりの化粧をします。









最後に羊羹製の緑の葉を載せますが・・・気がついたら、忙しくて完成品を写真にとっていませんでした。すみません。

難しい工程のお菓子が一段落し、残りどら焼きのみとなると、部屋の雰囲気もゆっくりモードに一変します。

先生の模範の後、実習を行う学生もとても上手にどら焼きを焼いていきます。このビデオを撮ってから聞いたんですが、クラスの中でも一番上手に焼く方だそうです。少し安心しました・・・。

「どらさじ」の動きに注目してください。





和菓子の国家試験には、何センチのどら焼きを焼きなさい、などと課題を与えられるそうです。生地の流れる感覚がそれぐらい身についていないといけないわけですね。焼く直前に水で生地を調整しますが、非常に重要なところのようです。泡立て器を引き上げて、「線が瞬間に消える」がポイントみたいです。


どれも美味しそうな焼き色ですね。この綺麗な焼き色を得るには、
重曹が重大な役割を果たしているそうです。


リンゴ粒餡のどら焼きの断面。

こうやって、りんごと粒餡の入ったどら焼きを食べながら、和菓子の体験授業が終了しました。

おかげで、梶山先生の作るお菓子、日本の学生たちに伝えるお菓子に触れることができました。二年生のこともあって、やはり必ずどこか先生なりにアレンジされたお菓子、個性のあるお菓子に重点を置くような気がしました。お菓子作り、本当に楽しそうですね。



その日に作ったお菓子の絵と説明を書くのが組長の仕事ですが、その日、
「(写真の)僕にやらせて」というボランティアがでたので、組長は楽をしました・・・



今日のお菓子図鑑のできあがり。
学校内のみの販売となっています。それも現在、
東日本の地震の被害者のための義援金としています。



ちなみに、後になって聞きましたが、専門学校の中でも、和菓子だけを学ぶ和菓子専門課程(2年制)を設けているのは、東京製菓学校のみだそうです。


本当に貴重な体験をさせていただきました。


どうもありがとうございました。